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2009/04/20 23:16
4月19日、厚木交響楽団の第61回定期演奏会へ行きました。友人大浦君の指揮を久々に見ることができました。演目はヴェルディのオペラからの抜粋とチャイコフスキーの交響曲第5番。彼のフルオーケストラでの生演奏を見るのは実は初めて。更に私の好きなシンフォニーで迎えてくれようというのですから、楽しみでないわけがありません。今回も大浦君にわがままを聞いてもらい、前日のリハーサルから拝聴しました。大ホールの客席に数名しかいない中で演奏を聞けるのはとても贅沢です。表現力を増した大浦君の指揮もさることながら、楽団の方やオペラリリカ八王子合唱団の方の音楽を作り上げる熱意に感動しました。'); function google_ad_request_done(google_ads) { var i; if( google_ads[0 * webryblog_max_num_ads] ){ document.write(" ");
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2009/02/21 12:42
石見銀山へ行きました。今年初めての小春日和の昼過ぎ、大阪を発ち新幹線で岡山まで。特急やくもに乗り換え中国山地を縦断する伯備線を北上します。途中山間に幾分場違いな寝台特急サンライズ出雲とすれ違い、遠く薄暮に雪を冠した名峰大山を眺めながら、19時頃出雲市駅に到着しました。数年前出雲大社を参詣した折り出雲そばに舌鼓を打ち感激したので、早速久しぶりの割子そばを頂きました。濃厚で腰の強い麺はさすがでしたが、打ってから時間が経ったのか、瑞々しさを欠いていたのが少し残念でした。一夜明け、翌朝6時の始発益田行にて大田市駅へ向かいます。群青色に染まる未明の海、低い波頭が白い泡沫を拡散しながら打ち寄せる様は陶磁器の墨絵のようです。静寂に図々しく割り込むディーゼルの音に掻き消され届かないはずの波の音が、耳の奥を幽かに震わせます。冬の海にしては凪に近い状態に、昨日に続き良い日和になることが予測できました。'); function google_ad_request_done(google_ads) { var i; if( google_ads[1 * webryblog_max_num_ads] ){ document.write(" ");
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2009/01/10 16:19
自身と同じ誕生日の偉人に中浜万次郎がいます。今日、ジョン万次郎としてその名が知られています。ジョン万次郎の呼び名は井伏鱒二の直木賞作品『ジョン万次郎漂流記』が始まりのようです。「ジョン」とは彼を救助したアメリカの捕鯨船ジョン・ホーランド号に由来し、当時彼はジョン・マンと呼ばれていました。井伏鱒二は万次郎とジョン・マンの組み合わせをもって、ジョン万次郎としたことが考えられます。幕府に登用されてからは故郷の地名中浜を冠し、中浜万次郎と名乗りました。'); function google_ad_request_done(google_ads) { var i; if( google_ads[2 * webryblog_max_num_ads] ){ document.write(" ");
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2008/11/03 19:01
大阪と新潟を9時間で結ぶ寝台急行「きたぐに」に乗りました。目的地の直江津まで8千円程度と安価であることから、23時27分始発の自由席(4人用ボックスシート)に陣取り、約6時間を他の旅客と向かい合わせで過ごしました。言うまでもなく田舎の夜景である為、また途中まで普段の通勤経路と重なる為、特に車窓を楽しむつもりもなく、ましてや週末の疲労もあって始発から眠るつもりでいましたが、米原あたりまでは初めて夜行列車に乗る興奮から、眠気を催しませんでした。北陸本線に入ったあたりで尻の痛さに限界を感じ、横臥に切り替えたところ、落ち着いて眠りにつくことができました。無論横に2人分の長さしかない座席に臥しても足を延ばすには至りません。特に長身の私は頭と胴できっちり二人分を占有します。うまく足を曲げるなど工夫し、態勢を変えながら過ごしました。眠る乗客に配慮し、大津あたりから翌5時56分に到着する直江津駅の手前まで車内アナウンスはありません。途中下車する場合は自分で到着時刻を把握しておかねばなりません。周囲は週末の帰省客もあって老若男女さまざまでしたが、それほど混雑はせず、列車が動き始める度にガツンと音を立てる連結部の軋みを除くと概ね快適でした。 |
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2008/07/06 00:07
10月6日午前9時に関西国際空港を離陸したルフトハンザ機は、12時間の長い飛行を終え、定刻の午後3時頃フランクフルト空港に到着した。飛行時間は半日だが時差がある。ヨーロッパへのフライトは2年前ロンドンへ飛んで以来2度目。着陸前、眼下の都市を遮る雲の中が猛烈に吹雪いていた。薄手の防寒着しか携行していないので予想以上に寒いのではと心配になった。着陸してみると雪は止んでいたが、滑走路は一面湿っていた。自身初となる念願のドイツの大地に第一歩を踏み出した。ウィーン同様心地よいインスピレーションが包んだ。 |
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2008/05/05 18:43
福沢諭吉といえば1万円札の肖像が有名です。著書『学問のすすめ』を読みました。1872年から1876年にかけ十七編に分けて執筆された宝鑑は、一編につき約20万部発行されたといいます。維新期の日本の人口は約3000万人。現在の人口換算でいくとシリーズ1千万部突破の大ヒット作品といえるでしょう。その痛快な思想開陳には、孔子や赤穂浪士を否定するなど幾分過激な内容も散見されますが、文明開化の時代に生きた情熱の躍動感に圧倒されます。大変革直後、浮足立つ我が国の価値観の中で、確固たる気概と先取の観がみなぎっており、民主主義を謳歌し、国家独立を高揚するものです。表題に違わず学問を推奨した内容に異なりませんが、諭吉は自分の生計を支え、引いては国家の形成に寄与するものでなければ、真の学問ではないと説いています。江戸末期、洋書が大量に流入し、自身も使節として洋行する中、万事科学的根拠をもって成立することを知ります。幕府時代に栄えた儒学が科学発展の一端も担っていないとの主張はやむを得ないかもしれません。また、主君の為に散った赤穂浪士の挙動にも激しい疑問を投じています(しかし後に世論の反発を買い、当時においては美徳であることを認め、近代における同様の観念を非難するものであることを釈明しています)。また、始終生きた学問を説く当の論説は、近代における処世、人との交わりの重要性についても鋭く言及しています。今日を生きる為の教科書といえるかもしれません。 |
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2008/04/28 00:40
中国の老子の本を読みました。書名『老子』はその構成から別名『老子道徳経』とも呼ばれています。名句「上善水の如し」は、日本酒の名前に用いられています。老子が活躍した時期は春秋戦国時代ですが、ほとんど記録が残されておらず、実在が判然としない半ば伝説のような人物です。中国の代表的な思想に孔子が創唱した儒教と老子を信奉する道教(古来からの民族宗教)があります。私は『論語』を読んだことはありますが、この度『老子』に初めて触れます。儒教と道教の両輪を知らずにいることは無知に等しく、老子に触れることで孔子の思想さえそれほど理解していなかったことに気付かされます。ともに徳のあり方を説きながら、老子の教えは孔子とは真逆です。孔子は礼楽を推奨し、学問の必要を説きますが、老子はそれら一切を痛烈に批判しています。老子は知識を蓄えることで社会の競争が助勢され、人々が一層苦しむことになると危惧し、そういった知識を捨て、自然と合一しその身を任せよ(無為自然)と訴えています。自然界に底流する母なる領域こそ万物の根源であり、老子はその杳としてつかみどころはない精神世界を「道」と呼び、道を会得した人物を聖人としています。紀元前における競争社会が人間に歪をきたすとの問題提起は、有史以来人間の本質が何も変化していないことに気づかせてくれます。特に現代、我々は学歴主義、実力主義と呼ばれる世情に身を晒し、日夜過重なストレスに苛まれ生活しています。また、火急な科学の発達は生活を便利にする反面、更に多くの不幸を生み出している事実も見逃すことができません。留まることの知れない殺傷兵器の開発と実戦での使用、産業革命以降続く地球温暖化への一途はニュースで目にしない日はありません。手塚治虫著『火の鳥』未来編では発達した頭脳を持つナメクジが文明を興し、全面戦争の挙句滅亡します。最後の一匹となったナメクジはなぜ我々が知能を持ったのか、恨めしそうに神に問います。人間社会の進歩が、真の進歩といえるのかとの疑惑は老子の時代から叫ばれていたのです。しかし現実的に、老子の教えを鵜呑みにすると、木偶の坊のようにならざるを得ません。実際老子も自身が世間からの痛罵の対象であったことを記録しています。道に立ち返るとは退行と受け取られ兼ねません。では現代に至るまでその教えが脈々と生き続けるのは如何なることでしょう。異常な速度で変化を重ねる時代、道に立ち返るとは、己を見失わない作用をもたらすのではないでしょうか。何もかも浮世の出来事、片意地張って、勝負に勝ったところでその幸福が一体何なのであろうか。そもそも勝負に勝たなければ幸福になれない窮屈な観念こそ根本的な過ちである。勝負をしないから負けることもないとされる聖人像は現実離れしていますが、無形の道による無限の救済に浸る感覚を覚えます。そこに、感情や礼儀や知恵や技術からのアプローチでは到底到達できない人徳のルーツが見えるような気がします。 |
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